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こっそり妄想徒然紀行

どうでもいい事をそこそこ真剣に、ゆるーく考えるブログ

【RIZIN】格闘技に何を求めるのか?視聴率判明を受けて

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伸び悩んだRIZIN視聴率

この写真は先日書いた記事でもアップしましたが、4月16日のRIZIN横浜大会終了後、赤コーナーサイドで名刺カードを配る川尻選手です。バッチリカードもらえました。うれしかったです。

 

川尻選手はカードを配りながら「7月の埼玉来てね」と言ってました。PRIDE、DREAMと二つのホームリングを失った彼だからこそ、一人一人のファンとの接点の重みを感じているんだと思います。

 

さて、その4月のRIZIN、視聴率が判明しました。平均視聴率は5.4%。フジテレビの同時間帯のレギュラー番組とほとんど変わらず、榊原代表をして「物足りない」結果でした。

横浜RIZINはつまらなかったのか

そしてまた、ネットでの評判も昨年末の大会に比べると手厳しい感想が多かったように思います。

実際僕も会場観戦をしてそれなりの満足感はありましたが、それはおそらく会場で見たことによる一体感によるものであって、試合展開そのものはそこまで満足度が高いものではありませんでした。

 

何故でしょうか?

 

よくRIZIN批判で出てくるのはUFCとの比較。特に横浜RIZINの日は朝にUFC、しかも堀口が勝てなかったデメトリアス・ジョンソンのフライ級タイトルマッチがあったので、その比較がよく引き合いに出されてました。しかも堀口が対戦した元谷は日本フライ級トップクラスのはずなのに、堀口との差が残酷な位出てて、結果論ですが、UFCのレベルの高さがより強調されるという皮肉な結果に・・・。

 

もう、何度もファンの間では議論されていることではありますが、最強路線をRIZINで目指すのはUFCがある以上無理があります。まあ、最近はUFCも少々混乱してるようですが、もしUFC離脱してもベラトールの方が稼げそうですし、実力がある選手がRIZINに来るのはなかなか厳しい交渉が必要でしょう。

 

最強を求めるのでなければ、じゃあRIZINで戦う選手たちは何を目指して戦っているのか。PRIDEがあそこまで熱狂を産んだのは「60億分の1」を目指し、文字どおり「最強を目指す戦いのドラマ」が繰り広げられていたからです。それがないとなると、僕たちファンは、何を期待して見ればいいのかー。それが結局、わからない。最強を求めてはいけない、それがわかってるからこそ、ファンは困惑するわけです。

 

日本格闘技は地上波視聴率の呪縛から逃れられない

そしてまた、日本格闘技が複雑な理由の一つに、地上波テレビとの関連があります。だいたい、スポーツ大会後に視聴率が話題になるのって珍しいと思うんです。結局、日本の格闘技は地上波テレビ局の莫大な放映権料とスポンサー費用を取ってこれなければ収益が成り立たず、選手を呼ぶことができない。

 

そして一般的認知度が高くない格闘技にとって、お茶の間の視聴率を取るためにはガチの最強路線カードを組んでも話題にならない。だから格闘技の実績はまだ少なくてもお茶の間受けしそうな選手を積極的に登用し、それがまた格闘ファンからするとフラストレーションが溜まる結果になる、という。

 

そういう意味では、今回の横浜RIZINでは一般的知名度が高い選手は誰もいませんでした。RENAや那須川天心という新世代のヒーロー候補はいたとはいえ、じゃあ世間的な認知度が高いかといったらそんなことはない。桜庭和志とかヴァンダレイシウバ、ミルコクロコップ、ヒョードルなどのような、過去の栄光の時代で広まった一般的な知名度がある選手がいない中、フレッシュなカードで臨んだのが横浜大会だったわけです。

 

そう考えると、これまでのレジェンドファイターを揃えてきた大会から、RIZINは一歩踏み出した事になります。その結果としての上記視聴率だったら、意外と悪くないのかもしれません。

 

ただ、それでも、ファンからの評価は厳しいものだった。最強路線じゃないってわかってるのに、何故か。

 

結論:僕らがRIZINで見たいもの

つまらなかった理由は個人差あると思いますが、「最強路線じゃないの分かってる」上でファンが物足りなかったのは、やはり勝負論だったと思うのです。

いや、それぞれ勝つか負けるかわからない試合だったとは思います。ただ、結果論ですが、全部の試合、勝つべき人が勝ちましたよね。運営が推したい選手が勝ちました。

 

浅倉カンナ、石岡沙織、KINGレイナ、那須川天心、RENA、堀口、川尻、と。順当にみんな勝った感があります。

 

それが結局、既定路線に見えてしまって波乱や驚きがなく、次に繋がりすぎてファンからすると勝負論がなく見えてしまった。順当すぎて「一体どうなるんだ!?」というワクワク感がなかった。

 

そう、最強路線が見せられない以上、RIZINが見せるべきなのは「先行き不明なカオスなワクワク感」なんだと思います。

 

RIZINは、健全すぎるんです。関係者も選手もファンも一体となって「みんなで盛り上げよう!」というムードが色濃くなりすぎて、格闘技本来がもつ「勝つか負けるか」の緊張感がない。

 

そう考えると、年末のRIZIN、結果的に「よかったね」ってなった最大の功労者は実は川尻なんじゃないかと。UFCの契約を自ら解除して日本格闘界に戻ってきた、という男川尻のドラマが、クロンという化け物に残酷なまでに断ち切られた。

 

その残酷さに、勝負という現実の重々しさに、僕らは打ちのめされたのではないかと。

 

ただの観客の無責任な見方ですが、例えば今回のRIZINで行くとRENAは負けた方が良かったのかもしれない。そして「あのドーラって何者だ!?」ってなった方が、次につながったのかもしれない(RENA選手、すいません)。

 

お茶の間向けのカードを意識するのはいいけれど、大会自体はお茶の間的な健全さはいらない。やはり、格闘技は残酷な現実であるべきなんだ、と。そしてその残酷さを乗り越えていく過程に、僕らは興奮するんです。

 

かつてのK-1、アンディフグは無残に負け続けたから、王者になった96年大会からK-1はブレイクしました。

ミルコクロコップも波乱万丈だったからこそ、僕らは彼のドラマに乗れたわけです。

 

RENAも天心も、一回奈落の底に落ちて、そこから這い上がる姿を見せるべきなのかもしれない(天心はもうちょっとこいつやべえってところを見せ続けて欲しいですが)。

 

なんだかんだで、RIZIN大好きだし、応援したいし、だからこそこうやって記事書いてます。

7月も、いくぞ!

 

GONG(ゴング)格闘技 2017年6月号

イースト・プレス (2017-04-22)