ヌルマゴVSマクレガーの乱闘騒ぎの感想
那須川天心と堀口恭司の世紀の一戦で日本が湧いた一週間後、世界ではUFC229でやビッグマッチが行われました。世界中で大人気のコナー・マクレガーとライト級王者で無敗のハビブ・ヌルマゴメドフ(以下、ヌルマゴ)のタイトルマッチです。
この試合に至るまでの経緯や試合の様子はまあいいとして、今回はこの試合後に起こった乱闘騒ぎについて僕なりに思ったことを書きたいと思います!
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まあなんつうか、僕らの周りにもあるじゃないですか。冗談のつもりで言ったのに相手が予想外に怒っちゃって気まずくなる・・・みたいな。言っちまえば今回の騒動ってまさにこれだと思うんですが、にしてもちょっと色々考えちゃうわけです。
今回、僕が意外だったのがヌルマゴの乱闘行為について失望した人が多かった事。特に試合直後は「それはやっちゃいかん」的な感想が多かった印象です。
僕はPRIDEからの物語や文脈を重んじて感情移入しまくるJ MMAが好きな人間なので、UFCはチェックはしてるものののめり込めてはいませんでした。
だから今回のヌルマゴの乱闘って、むしろ僕的は大アリで、UFCの中で初めて感情移入出来た選手でした。
一方、UFCファンの人ってスポーツ志向というか、競技としてのMMAが好きなんだろうなぁと思いました。テクニック、フィジカル、メンタル含めて総合的に「誰が強いか」。だからそういう人からするとヌルマゴのあれは無しなんだろうな、と。スポーツマンシップに反してますしね。
勿論、世間的には見て許される事ではないし、ジャンルとして MMAを捉えた場合、あんな事が続くとジャンルとして成り立たなくなるから大局的な視点で見ればヌルマゴの乱闘は許されない事でしょう。アメリカの場合、コミッションとかの事情もありますし。
それでも僕は、祖国や信仰の為に衝動に駆られてしまった人間ヌルマゴに惹かれてしまうのです。
そしてまた、今回の騒動はUFCだからこそ批判があるのかなという気もします。
ルールやドーピングなどの規制が整備されており、世界最高峰のファイターがしのぎを削る競技性を重視するUFCではやはり今回のはアウト。でも必ずしも競技性ではなくて選手の個性や物語を重視するエンタメ重視のベラトールやRIZINなら今回の騒動って意外とファンのみんなも乗ったんじゃないかなあと。まあ、ヌルマゴはエンタメのためじゃなくてまじでブチギレていたっぽいですが・・・。
トラッシュトークは何のためにあるのか?
さて、今回の騒動は試合に至る前までの二人のイザコザに端を発しています。マクレガーのバス襲撃事件が最もシンボリックですが、この二人の試合はまさに戦争でした。
ただ、マクレガーはあくまでビジネスとしてこの試合に至るまでの物語を作っただけに過ぎず、ダナホワイトもメディアもそれに乗っかったわけです。
ところがヌルマゴはそうではなかった。マジで頭来てたわけですね。空気読めないですねー。この辺りが、最高に好きです。
試合後の反応を見ても、トラッシュトークはどこまで許されるのかみたいな議論もありました。トラッシュトーク自体はいいけど、宗教とかまで踏み込んじゃダメ、という意見が多い気がします。ヌルマゴも柔術をこけ降ろすようなTシャツ着て挑発行為してたこともありますしね。どこまでがセーフでどこからがアウトなのかは難しいところです。
国内でも、新生K-1では最近記者会見の乱闘劇が定番化していますね。小澤海斗や芹澤、皇治なんかはトラッシュトークで注目を集め人気を得てきたファイターです。
ただやはりトラッシュトークはあくまでトラッシュトーク。つまり、「盛り上げるため」にやっている事。RIZIN CONFESSIONで放送された那須川天心との試合後の舞台裏。堀口は試合後に天心陣営に「でかいこと言ってごめんなさい。盛り上げるために言いました」と明かしていました。本人同士が憎み合ってるわけじゃないから試合後にはノーサイドで抱き合ったり、一緒に釣り行ったりします。
こうした、テクニックや実力面で「俺の方が強い」というやり合いは格闘技なら全然あり。んで、そこから一歩進んで新生K-1のトラッシュトーク選手達のように相手そのものをコケ下ろす。これは一歩間違えると茶番になります。新生K-1も小澤と武尊や卜部と皇治の試合の乱闘劇はまだ見れましたが、小澤と芹澤、武尊と皇治あたりのはもう「あーはいはい、いつものやつね」感がありますね。もう「ただ単に盛り上げるためでしょ」というのが分かっちゃってるので。
「試合を盛り上げる」為の見え透いたトラッシュトークはもはや飽きられています。「これはマジなんじゃないか」とファンが思っちゃうくらいに高めていかないといけない。
んで、今回のマクレガーヌルマゴもファンは盛り上がりつつもまさかヌルマゴがマジギレしてるとは思わずドン引きしちゃった・・・という感じですね。
格闘技は所詮バラエティなのか?
で、ここが悩ましいところなんですが、試合するファイター同士のいがみ合いは試合に感情移入する上で欲しいんですよ。プロレス的なエッセンスといいますか。例えそれが演技だとしても、盛り上がる上で欲しい要素なんです。やりすぎない程度に、ね。
そう考えると、堀口対天心はそうした罵り合いが一切ないのにあれだけ盛り上がった。それは二人の実力とここまでの「強さの証明」があったから。だからあの試合はやっぱりすごいなあと思うのですが、一方で気になったのがフジテレビのRIZIN制作チームがフジテレビの「バラエティ班」だった事。
これは、フジテレビの番組で後日取り上げられた放送内容。ご覧のように右上には「バラエティ」のアイコンが。井上尚弥などボクシング中継は「スポーツ」ですが、RIZINはフジテレビにとっては「バラエティ」なんだとか。
さっき、RIZINはエンタメ要素強め、そして僕はそっちの方が好き、と言っときながらですが、テレビ局にバラエティとして捉えられているのはちょっと残念ですよね。
トラッシュトーク含め、選手の人生や個性、試合に至る経緯までを楽しむ格闘技は、世間的には「バラエティ」なんです。純粋な競技性だけを楽しむ他のスポーツとは違う、という事です。
バラエティとスポーツのどっちが上かとかそういう話じゃないんですが、「バラエティ」にされちゃうのは不本意ですよねえ。僕らはテクニックとかも楽しんでるわけですし。
ただ、新生K-1に代表されるようなトラッシュトーク茶番ばかりに注目が集まってしまうようでは、この世間的なポジションからは抜け出せないよな、と思うわけであります。